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ナイフ
仕事柄、常に人に囲まれている優子は、閑散としている方が落ち着けるのだ。ウヴァのポットティーとチーズケーキを注文し、トートバッグの中から、必要な道具をテーブルの上に出した。
『ONE PIECE』のルフィのシールがベタベタと貼ってあるポメラ、『ONE PIECE』のスケジュール帳、スマートフォンのケースも『ONE PIECE』なら、眼鏡ケースも『ONE PIECE』。
優子がポメラを開いて、キーボードに手を乗せたとき、それが始まった。
「僕が本気だってことを見せてやるよ!」
金色の男が、席から立ち上がり、ポケットから、ナイフを取り出した。金色のナイフ。柄を握って、自分の顔に向ける。
「いい加減にしてよ。恥ずかしいでしょ」
銀色の女が立ち上がって、はっきりと聞こえる声で言った。
優子とそばの高級ブランドカップルが見つめる中、金色の男が、ナイフを自分の首に当てた。
「他の人なんか見ないで! 僕だけを見て!」
銀色の女は、テーブルの上の伝票を取り上げた。
「迷惑だから、出るよ」
金色の男が、震わせている手を、ブレザーの男の子が掴んだ。
「やめとけよ。そんなことをしても、彼女は思い通りにならないみたいだから」
「うるさい! お前に関係ないだろ!」
「そーゆーことをやるなら、大須じゃなくて、ほかでやれよ」
ブレザーの男の子の向かいに座っていたミニスカ彼女が、そろそろと立ち上がった。自分のバッグを胸に抱いて、二人の男をしっかりと見て、カニ歩きで出口に向かう。
銀色の女が声をかけた。
「ちょっと、彼氏を置いていく気?」
「彼氏じゃありません。私、まったく関係ありませんから」
優子は、驚いて、思わず言ってしまった。
「信じられない」
ミニスカ彼女が、化粧で誤魔化している性格の卑しさを顔に出した。
「オバサンには関係ないでしょ!」
彼女が、そのまま出て行こうと、出口のノブに手をかけたところで。
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