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世界で一番理不尽な正義
「心臓ってさ、脳みそみたいに、その人の記憶持ってるらしいよ」
弟の言葉を聞いた兄は、その顔を見た。そういえばそんなことを聞いたこともあったなと思う。今言われなかったら思い出すこともなかった。
「あー、なんか聞いたことがあるなぁ、いつだっけ、中学生のころだったかな」
「え、そんな前にもう聞いたことあったの? 俺なんかついこの間聞いたばっかりだったのに、得意げに言った今の俺バカみたい」
「別にバカじゃねぇって、そんな卑屈になんなよ」
コンクリートの床に寝転がる弟に、兄は困った顔をして笑った。
同じように隣に横たわれればいいのだが、車椅子が足代わりだから横になれるのはベッドの上くらいしかない。
「俺さぁ、すげぇ調べたの、ネットで心臓のこと。そしたら出てきたんだぁ」
「なに、変な掲示板か何か?」
「ちげぇよ、普通のサイト。まぁ、医療関係じゃなくってオカルトチックっていうか、本当にあった不思議な話的なサイトだったけど」
「ははは、都市伝説かよ」
首をゆっくり上向きにして笑うと、ようやく弟と同じ景色が見えた。唯一外の景色を感じることが出来る場所、屋上から見る空。
「都市伝説でもさぁ、いいじゃん。そういう希望って大事だよ?」
弟はあっけらかんと笑いながら言う。
「希望なぁ、大事だな」
兄も同じようにあっけらかんと答えたが、視界は涙でぼやけていて、きっと弟とは違うのだと思う。
「心臓にも記憶容量があるとするとさ、この中ってどんな記憶が入ってるんだろうね」
そうして自分の胸の中心を親指で小突いて、肺の底から太い息を吐く。
「生まれてー、幼稚園ー、小学校ー、中学校ー、高校ー、んで、今。全部入ってると思う?」
兄は力なく首を横に振った。
「いや、全部は入ってねぇと思う。だって心臓は血を送り出すだけで、脳みそじゃねぇからさ」
「そうだけどぉ。あ、でもな、エロ本盗み読みしたのとか記憶されてたら嫌すぎる。そういうの以外でお願いします」
「誰にお願いしてんだよ」
「兄貴に?」
身を起こしノリで笑いながら弟は返してきたが、兄の表情は引きつっていて返す言葉もつまった。
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