第2話 朝比奈みつき

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 新しい女性スタッフが加わるという刺激と、研究補助というものがどのような業務なのか、これから自分たちが彼女にどう依頼したらいいのか、皆が口々に隣の者と話し始め、会議室内がざわついている。 「おい、みんな」と注意しかけた佐々木課長を笑顔で止めて、朝比奈さんは微笑みを湛えたまま正面を向いてじっと待っている。  その彼女に気付いた者が、自ら話すのをやめ、周りをも制した。  誰の注意もなしに戻った静寂の中、彼女は何の前置きもなく話し始めた。 「再生医療の未来を変えるIPS細胞も、誰もが一度はお世話になったことがあるであろう痛み止めの飲み薬も、私が毎日使っているシャンプーまで、そのすべては皆様のような優秀な研究者の方々が、想像を絶する膨大な時間をかけ、たゆまぬ挑戦を続けてこられたおかげでできあがった努力の結晶です。私は皆様のような知識や技術を持ち合わせておりませんが、皆様が大切な研究に集中できるよう、少しでもお力になれればと、この仕事に就かせて頂きました。私はまだまだ未熟で、至らない点も多いとは存じますが、精一杯頑張りますので、よろしくお願い致します」  そう言って、美しいお辞儀をした朝比奈さんが頭を上げて微笑むまで、会議室内は静まり返っていた。  そして、誰かが始めた拍手をきっかけに、この社内で聞いたことのない万雷の拍手が巻き起こった。
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