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壊れかけの、おんぼろアパート。貧民窟のねぐら。オレたちの棲み家。
トタン張りの板戸の前で、男が数人うごめいていた。
中から年老いた女を引きずりだそうとしてる。
〝金が払えないなら出て行けババア!〟怒鳴りながら。
オッサンがオレをおろし、慌てて老婆に駆け寄った。
「待ってくれ。 明日には何とかするから。
靴が売れれば、金が手に入る」
老婆をかばいながら、男たちにむかって、そんなことを訴えてる。
ばぁさんは涙を流して泣いていた。
オレは、そんな姿にぼんやりと、自分の母親を重ね合わせる。
かぁちゃんは、この国の出身じゃなかった。
親兄弟の暮らしを支えるため、単身、海を渡って出稼ぎにやってきた。
以来ずっと、この街で不法に働いていたけれど、オレを産んでから体調を崩し、まともな職につけなくなる。
仕送りが滞ってからは、郷里との連絡も途絶えていたみたい。
だけど、あの人は寝床で何度も、生まれ育った彼の地の風景を、幼いオレに話して聞かせた。
戻りたかったんだろう。死ぬまでずっと。
オレを育てるため、病んだ体に鞭打って働き、数年前に息絶えるまで、ずっと。
父親なんてどこの誰かもわからなかった。けっきょく葬儀もろくにできないまま終わった。
その後のオレは、道端に転がる空きカン同然。
みなしごのイミンに手を差し伸べる人間なんて、もちろんいない。
風が吹くたびカラコロと、夜の街をさ迷い続けるストリートチルドレン。
同じような境遇の仲間は、案外いっぱいいた。
腐敗してる。国も街も。
だからといって、どうすることもできないが。
淀んだ色の夜空に願いをたくし、夢見るくらいしかできないが。
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