影追いの月

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 もはやこれまでか、と彼は笑った。 「見ろ、柘榴。まばゆい程の灯火だぞ」 「やあ、本当ですね。山裾が夕暮れ時のように赤く染まっている。これだけの数を揃えるとは、やはり風津の大公様はやり手でいらっしゃいますね」  何十もの松明の灯りを眺めても、彼らの口調に焦りは見えない。炎の数から察するに、彼らを追う者達はゆうに百を超える。それを承知の上で、彼らは軽口をたたいていた。  さて、と青年は笑みを浮かべて尋ねる。 「いよいよ追い詰められましたが、如何なさいますか。七夜の旦那」  二人が今いる場所は、起伏激しい高山の中腹。七夜(ななや)と呼ばれた男は、眼下に広がる山裾の森に視線を留めて、そうさなあ、と呟いた。 「捕まって、この首晒されるのは困るしな。・・・・・・この向こうの崖は、底無しだったか」 「はい、ちょうど良く。確か、七日七晩かけて降りても、ちいとも底が見えなかったと聞きましたよ」  行きますか、と尋ねるのは、七夜についてきた従者の柘榴(ざくろ)だ。七夜はまだ年若い青年である柘榴を眺め、何度めかになる言葉を口にした。 「なあ、柘榴。お前は山を降りろ。俺を見限ったとでも言えば命までは取られんだろ」 「ご冗談を。私は従者ですよ? お供しますよ」 「いや、駄目だ。お前が俺に恩義を感じているのはわかってるが、流石にこれ以上はいらんぞ。俺にとってはお前は弟子というか、身内だからな」  厳しい顔つきで首を横に振る七夜に、柘榴は一度口を閉じると静かに言葉を紡いだ。 「道端で死にかけていたガキを、旦那はなんの見返りもなく拾ってくれました。腕を鍛えてくれて、家族だと言ってくれました。私にとっては、命にかえても返せない恩なんですよ」  死出の旅路でさえも共に、と笑う青年に、呆れまじりの溜め息をついて、七夜は立ち上がった。 「お前が言い出したらてこでも動かんのは知ってるからなあ。・・・・・・もう言わん。勝手にしろ」 「はい。勝手にさせてもらいます」  満足げに頷く柘榴を一瞥した七夜は、どこか優しい苦笑を浮かべ、あちこち欠けた躰で歩きだした。血と脂に塗れ刃こぼれしている刀を杖にして、もはやぴくりとも動かせぬ片脚を引きずるようにして歩く。その様子に柘榴は痛みをこらえるかのように眉をしかめていたが、主の心情を慮って手を貸すそぶりも見せずにいた。
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