6人が本棚に入れています
本棚に追加
もはやこれまでか、と彼は笑った。
「見ろ、柘榴。まばゆい程の灯火だぞ」
「やあ、本当ですね。山裾が夕暮れ時のように赤く染まっている。これだけの数を揃えるとは、やはり風津の大公様はやり手でいらっしゃいますね」
何十もの松明の灯りを眺めても、彼らの口調に焦りは見えない。炎の数から察するに、彼らを追う者達はゆうに百を超える。それを承知の上で、彼らは軽口をたたいていた。
さて、と青年は笑みを浮かべて尋ねる。
「いよいよ追い詰められましたが、如何なさいますか。七夜の旦那」
二人が今いる場所は、起伏激しい高山の中腹。七夜(ななや)と呼ばれた男は、眼下に広がる山裾の森に視線を留めて、そうさなあ、と呟いた。
「捕まって、この首晒されるのは困るしな。・・・・・・この向こうの崖は、底無しだったか」
「はい、ちょうど良く。確か、七日七晩かけて降りても、ちいとも底が見えなかったと聞きましたよ」
行きますか、と尋ねるのは、七夜についてきた従者の柘榴(ざくろ)だ。七夜はまだ年若い青年である柘榴を眺め、何度めかになる言葉を口にした。
「なあ、柘榴。お前は山を降りろ。俺を見限ったとでも言えば命までは取られんだろ」
「ご冗談を。私は従者ですよ? お供しますよ」
「いや、駄目だ。お前が俺に恩義を感じているのはわかってるが、流石にこれ以上はいらんぞ。俺にとってはお前は弟子というか、身内だからな」
厳しい顔つきで首を横に振る七夜に、柘榴は一度口を閉じると静かに言葉を紡いだ。
「道端で死にかけていたガキを、旦那はなんの見返りもなく拾ってくれました。腕を鍛えてくれて、家族だと言ってくれました。私にとっては、命にかえても返せない恩なんですよ」
死出の旅路でさえも共に、と笑う青年に、呆れまじりの溜め息をついて、七夜は立ち上がった。
「お前が言い出したらてこでも動かんのは知ってるからなあ。・・・・・・もう言わん。勝手にしろ」
「はい。勝手にさせてもらいます」
満足げに頷く柘榴を一瞥した七夜は、どこか優しい苦笑を浮かべ、あちこち欠けた躰で歩きだした。血と脂に塗れ刃こぼれしている刀を杖にして、もはやぴくりとも動かせぬ片脚を引きずるようにして歩く。その様子に柘榴は痛みをこらえるかのように眉をしかめていたが、主の心情を慮って手を貸すそぶりも見せずにいた。
最初のコメントを投稿しよう!