【試し読み】一反木綿を洗いたい

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 片田舎の手芸店は今日も閑古鳥が鳴いている。照明の暗い店内は、用事がなければ決して立ち寄ろうとは思えない程に不気味だ。裁縫部の仲間に頼まれ、学校帰りに寄ってみたが、正直さっさと見繕って帰りたい。木製の手動ドアを開けると、すぐ左にカートに並べられた黒い袋があった。まるでゴミ袋のような袋たちの上には汚い字で「大処分セール 反物二本で三千円」とポップがある。学生の財布に優しいそれを一袋掴んでレジのおじさんに渡した。中身がどんな柄であろうと、この値段なら友人たちも文句は言えまい。それでも、部費を消費している以上、言い訳を考えながら田んぼ道を歩いていく。 「ただいまっと」 一軒家の戸を開け挨拶をしても、返事はなくしんと静まりかえっていた。 「いないんだっけ」 親戚の結婚式とかで、両親は田舎に行ってしまった。炊事・洗濯は出来るので、何不自由はないが、それでも挨拶が返ってこないのだけは何となく物寂しい。制服のリボンを外し、スウェットに着替える。前向きに考えればこの数日は何をしても自由なわけだ。私は買ったアウトレット品を持って、自室のある二階へと駆けあがった。私も一応女子高校生の一員らしく、福袋形式のものには多少なりともドキドキしてしまう。スクバを机に置き、黒い袋の結び目を切る。中から二本の竹製芯棒が覗いた。紙ロールが多いご時世で、竹製とは中々に質が良さそうだ。芯棒を二本掴み、袋から勢いよく出した。 「うわ……」 思わず、声が漏れた。広げられた、一反は品の良い藍染だった。一見すればこの一本だけで五千円くらいの値が張りそうだ。それに比べて、もう一方は何てみすぼらしいのだろう。白というには呆けた色で、茶色と呼ぶには渋みが無い。中途半端な上に、シミまで出来ている。これじゃあ五百円と言われても買う人はいないだろう。 「……汚い」 ボロボロの一反を広げる。よくよく見れば、木綿の質自体に問題はなさそうだ。いっそ、漂白にかけて真っ白にしてしまえばいいのではないだろうか? 私は風呂場に行くと、布を畳み、洗濯ネットに入れ、洗濯機に放り込んだ。液体洗剤と柔軟剤、そしてたっぷりの漂白剤を入れる。テンポよく「しっかり洗いコース」のボタンを押す。これで、少しはマシになるといいのだが。もし、綺麗にならなかったら藍染の一反だけ買ってきたことにしよう。
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