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〝肉屋に恋を〟は、貞夫の処女作だ。しかし、それ以降貞夫の本は出版されていない。その小説だけコアなファンがついただけで、次回作を書いてもどこにも響くことはなかった。貞夫は追い詰められていた。
「あれは、俺にとっても最高傑作だった」
「もう次は書いてないのか?」
「いや、書いてるが……」
「見せてくれよ」
「見せられるもんじゃない。今、ネタに悩んでるんだ」
「悩んでる?」
「ああ。どうも、リアリティに欠けてな。上っ面の二番ぜんじしか思いつかない」
ここで、店員がやってきて、二人の間にコーヒーを置いた。貞夫は、その一つを自分に引き寄せ、一口啜ると、複雑に絡み合った苦味と酸味が舌の上をさまよって、鼻から抜けていった。
「そうだ。話って?」
そもそも、ここに来た理由は何なのか疑問に思うと、貞夫はしまを見た。しまは、同じくコーヒーを啜ってひと呼吸置いた後、急に口端を引き上げてここに呼んだ理由を話し出した。
「貞夫、俺と同じで昔から好きだったよな。ホラー映画や、グロテスクなスナッフ映像。実は、ここ最近凄くいいものを見つけたんだ」
しまの目にどこか、暗い影が出来た。口と目がちぐはぐな色を出している。貞夫は息を呑むも、手を軽く横に振りながらそっと笑んだ。
「いやいや、そういうのもう見飽きたよ。今は何を見ても、何も感じない。あの時のワクワクもない。デジタルな世の中になって、合成も丸わかりだし」
「そうじゃないんだ。これは、お前の求めるリアリティだ」
「つまり?」
本当をいうと、既に貞夫はこの先の会話は聞かず帰りたくなっていた。何だか薄気味の悪い感覚が全身を這い、不穏な未来の予兆を示していた。しかし、そんな貞夫の事などお構い無しに、しまはテーブルから少し身を乗り出して、周りに聞こえぬよう静かに言った。
「ひとを監禁した」
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