第一章 オカルト部の青春

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第一章 オカルト部の青春

『彼女はか細く息をしながらこう言った。〝どうか私の事を忘れて。あなたの脳の中から、出会った頃の記憶を消して〟言い終えた頃、彼女の瞳に景色は映っていない。僕は、この小説の最後の字を象ったら、彼女との約束を果たすつもりだ。縄の軋む音だけを記憶に残して』 亜国貞夫は、エンターキーを押すと、ため息を吐いて、椅子の背もたれにもたれた。低反発が売りのロッキングチェアはぎしりと小さく唸る。 この小説のタイトルはまだ決まっていなかったが貞夫の頭の中ではある程度考えついていた。 パソコンの中の、整列された黒の文字を暫く見つめる。読めば読むほどこんな物語はありふれていて、つまらない。第一に、綺麗すぎる。残酷さが足りないのだ。もっと、自分の小説にリアルがほしい。日常と混同してしまうようなリアルさが。 映画やドラマでは腐るほど、グロテスクな場面を見てきた。浮世に退屈さしか感知出来ない貞夫はスナッフフィルムも、好んで鑑賞していた。しかし、それだけでは情報が足りない。まるで、食べた事のないものの感想を言うようなもので、説得力の欠片もないし、本当に魂を揺るがす作品はつくれない。貞夫は自分の髪を無茶苦茶に掻き毟った。そうしてから、試しに右腕に力いっぱい爪を立ててみた。だが、当然のことながら力加減をしてしまい、微妙としか言いようのない感覚だけが腕に伝う。結果的に、擦り傷が極わずかに残っただけだった。貞夫は脱力し、頭の中をリセットした。 いっその事、自分が犯罪に巻き込まれてみるのはどうだろう。だが、それこそ難しい提案だ。犯罪とはただ歩いているだけで、地面から生えてくるものではないのだ。悲劇は、自分が欲しくてやってくるものではない。 バイブ音が響いて、机の上に置いていたスマートフォンを手に取る。画面には、『徳 しま』と表示されている。徳しまとは、徳が苗字で、しまが名前で、少し変わっているが本名である。しまは、貞夫にとって高校時代からの親友だ。二人は同じ部活に所属しており、よくホラー映画やグロテスクな映像を鑑賞していたりした。貞夫と同じく変わった奴で、お互い他の友達は出来なかった。貞夫としまは、共通の変わった趣味以外は全てにおいて真逆だった。
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