第一章 智子

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 (第一章) 次の日、1時間ほど残業をしてしまった俺は、 智子の時間に間に合わないと思い、足早に家に向かっていた。 一階のポストを開け、くだらないダイレクトメールを握り締め階段を上ろうとした時 「こんばんは」 と後ろから女の声がした。驚いて振り向くと智子が立ってた。 「と・・・」智子と声にしそうになり慌てて取り繕って 「川崎さん・・・でしたかね?お隣の。こんばんは。」 とあくまでも冷静を装って言った。 智子はベージュのビジネススーツを着ていた。スカートはタイトで膝まである。 どう見ても地味で大人しいOLだ。鏡の前の智子とは正反対だ。 智子はにっこり笑い「お隣なのになかなか会わないものですねぇ」と言った。 やはり気付いていないらしい。もし気付いていたら声なんか掛けないもんな・・・。と俺は安心した。 「そうですね、そんなもんかもしれませんね。」と俺も笑顔で答えた。 一緒に階段を上り、軽く会釈をしてお互いドアを開けて入った。 俺は入るなり服を脱ぎ捨て、音を立てないように押入れに入った。 智子は部屋に何もしないで立っていた。 そしてじっと天井を見つめていた。数十秒後、顔を俺の方に向けニコリと笑った。 鏡に笑っていると解っていてもやはりドキリとしてしまう。 やはり智子は見せつける様にゆっくりと服を脱いだ。淫靡な笑顔を浮かべて。 そして智子はいつもと違う事を始めた。 両膝をつき、鏡に向かって自慰を始めたのだ。 そして「ああ・・・宮本さん・・・宮本さん・・・」と俺の名前を言った。 やはり気付いているんだ!でも俺は目が離せなかった。 「見て!もっと見てぇ!!」 智子はそう言って仰向けに転がった。智子は天井を虚ろな目で見ている。 そして天井に見せつける様に激しく動いていた。 俺の手は止まった。智子だけを見る事に集中した。何かがおかしい。 「ああああ・・・・」と智子は果てた。相変わらず天井に目をやったまま淫靡に微笑んでいる。 「智子は俺が天井から覗いていると思っているのか?」 覗いているとバレている恥ずかしさと、気付かれていない安堵とが混ざりあった複雑な気持ちで、 俺は押入れから出た。どういうことだろう・・・。でも確かに智子は俺の名前を口にした。 次の日、俺は恥ずかしさと困惑で智子の部屋を覗かないでいた。 しかし声は漏れ聞こえる薄い壁だ。俺の名前を呼んでいる声が微かに聞こえていた。 覗いていると思っているらしかった。
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