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彼に会うのは実に葬儀の日以来だった。彼の心中が今どんなものなのか、岩瀬には想像がつかない。
玄関のチャイムを鳴らし、待つ。
この山の夏は暑いらしい。車から少し歩いただけで汗が吹き出るようだ。車の騒音がない分、蝉の声が一層うるさく感じた。
少したって家の中から階段を降りる音と、次いで廊下を走る音がする。そして、
『はい、今開けます』
と、女性の声が聞こえた。岩瀬は胸を撫で下ろす。御堂は、達者に暮らしているのだろう。
扉が開く。隙間から顔を覗かせた女性は、岩瀬の知っている顔だった。
長髪がとても女性らしい、はつらつとしていながら知的な雰囲気。御堂の妻、沙耶だった。
岩瀬は声を失った。事態を理解できずに、ただ沙耶を凝視する。
「あの、何かご用ですか」
小首を傾げる沙耶に、岩瀬は何とか声を絞り出した。
「以前仕事でお世話になった岩瀬と申しますが、こちらは、御堂さんのお宅でよろしかったですか?」
尋ねると沙耶は愛想よく返事をした。
「そうですよ。チーフにご用ですか? どうぞ上がって下さい」
扉を大きく開けて岩瀬を招き入れる。
応接間に通され、ソファを勧められた。
「少々お待ち下さいね」
沙耶は部屋を出ると廊下を走り、階段を上がったようだった。
岩瀬は呆然としながらも今の状況の分析にかかる。
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