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沙耶は死んだ。葬儀に参列した。しかし先程の女性は御堂の事をチーフと呼んだ。御堂の研究所での呼称。
沙耶は研究所で事務をやっていて、御堂の元をよく訪れていたのを憶えている。岩瀬も彼女の顔を知っている。
だが二年間は見ていない。見間違えか、似ているのか。
彼女の姉妹という線が妥当に思える。
「岩瀬、久し振り」
声に驚き思考を止める。顔を上げるとそこには御堂がいた。
二年前と変わらぬ容姿。痩せぎすで、自然に美しい造作をした、気障な化学者。
「なんだその花束は? 俺にプロポーズしに来たのか」
明け透けな態度。二年前の出来事がなかったかのように、彼は悠然と岩瀬の向いのソファに腰掛ける。
「いえ、これは沙耶さんに……」
仏前に供えようと携行してきたものだった。しかし、御堂の後ろ、ティーカップをトレイに乗せて寄ってくる彼女は誰なのか。
「あの、御堂さん」
「わかってる、沙耶だろう。あれはアンドロイドだ」
ティーカップをテーブルに揃え紅茶を注ぐ、その動作は全くもって機械的には見えない。
「予算だ倫理だって上から圧力かけられなければ、あれくらい余裕で作れる」
凄い技術だ。一人であれだけのアンドロイドを製作できるとは、上が彼を手放すのを惜しむのも理解できる。いや、問題はそうではない。彼が『亡くなった妻』の『まがいもの』を側に置いているということだ。それは、倫理に反してはいないか。
御堂は妻の死を乗り越えていない。岩瀬は御堂の精神の危うさを感じた。
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