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店主は店内に戻ると、レジで待たせている婦人に詫びた。
「あの子、たしか万松寺通りにあるローストチキン屋の子でしょ。近頃は大須界隈も、外国人の店も増えましたものねぇ。」
「全く。ワシら日本人の商いもうかうかしておられんですわ。その内、外国人の店だらけになるんじゃねえですか。」
店主は婦人を店外まで見送ると、紺地の前掛けから布切れを取り出した。
自慢のショーウィンドウのガラスには、油まみれの小さな手形が二つクッキリと残されている。
眉間に皺を寄せながら、店主は布切れでガラスを丁寧に磨き始めた。
「ったく、ベトベトに汚しやがって、あのガキめ。逃げ足だけは・・。」
店主はふと何かに気付いた様子で、少年が姿を消した門前町通りの角を真剣な表情でしばらくじっと見つめていた。
「次来た時は、タダじゃおかねえ。」
太い両眉を開くと、右頬を吊り上げニヤリと笑みを浮かべた。
その日から少年は毎日のように靴屋にやってきた。
雨の日も、風の日も、そして雪の日も。
店主の様子を警戒しながらも、少年は楽しそうにショーウィンドウの中をのぞいては目を輝かせた。
靴屋の主人は、気付かぬふりやレジで寝たふりをして少年の様子を伺っていた。
どうやら少年が見つめる先は、陳列棚の奥に置いてある陸上競技用のスニーカーであるらしい。
気づいた店主は、そのスニーカーをショーウィンドウの一番手前のよく見える場所に並び替えてやった。
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