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東海地方が梅雨入りした日。どんよりとした雲が大須の空を覆いつくし、小雨がしとしとと降っていた。
少年は傘も差さずびしょ濡れのまま、相も変わらず店頭のショーウィンドウにピタリとへばり付いていた。
見兼ねた店主は、定位置の店奥のレジカウンターから太鼓腹を揺すりながら出てくると、入り口の扉を開けて少年に声を掛けた。
「オイ、チキンボーイ。風邪引くぞ。ちぃと中に入りゃあせ。」
少年の大きな瞳は店主をコワゴワと見上げていたが、コクリと頷くと店の中に入ってきた。
薄汚れた白いTシャツに膝の破れた紺のジーンズ。水滴を滴らせながら店内から幸せそうにショーウィンドウの中を覗いている。
「おみゃあ、走るの好きか?」
店主は、少年へタオルを渡しながら言った。
日に焼けた褐色の顔は、輝くような白い歯を見せて嬉しそうに頷いた。
それ以来、店主は少年がやってくる度に、店内の靴を一つ一つ見せて回った。
「あのショーウィンドウの一番手前の靴はな、ハシリストの中距離用スニーカーの最新モデルだ。」
スニーカーの値札には、三〇,〇〇〇円と書かれている。
「おじさん、あそこにあるスパイクは何?」
少年は、ショーウィンドウの一番高い棚にある少し年季の入った黄色いスパイクを指差した。
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