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「おお、あれか。」 その質問を聞いた瞬間、店主は珍しくとても嬉しそうに眼を細めた。 「ありぁな、ワシが高校時代に履いていた陸上短距離用のスパイクだ。あれはハシリストっちゅう会社が出来たばかりの頃、ワシに履いてくれと持ってきた試作品だがね。当時ワシは『大須のカイブツ』なんぞと騒がれた、そこそこ名の知れた選手だった。今のこんな牛みたいな図体からは想像できんかもしれんがな。」 店主は良く肥えた腹回りをさすりながら答えた。 少年は大きな瞳をさらに目いっぱい大きくして、店主の話を聞き入っている。 「僕もいつか、オジサンみたいにおっきな大会に出てみんなの前で走ってみたい。」 「ワシの見た所、おみゃあはなかなか見どころがある。この店前からあすこのT字路までものの三秒で逃げ去ったろう。その脚は天からの授かりものだ。大事にしろよ。」 店主は、少年が履いているボロボロの運動靴を見ながら言うと、レジ近くにある背の高い戸棚から黒字に赤の模様が入った箱を出し、中から赤いスニーカーを取り出した。 「これは、さっき見せたあそこのショーウィンドウの中にあるハシリストのスニーカーの型落ち品だ。もう店頭に並ぶことも無いから、おみゃあにやるよ。」 「エエッ、本当?でもそんな高いモノ受け取れないよ。ママにも怒られちゃうし。だって値段はあそこの奴と大して変わらないんでしょ。」 「まあ、そうだな。」 「じゃあ僕、ちゃんとお金払うよ。今日、配達のお駄賃持ってるから。」 そう言うと、少年はポケットから十円玉を三つ取り出すと店主に差し出した。 店主は最初、呆れた表情を浮かべたが、ニッコリと笑って少年からお金を受け取った。 「大事にしろよ。」 「うん。これで僕もおじさんの記録を抜けるかな。」 「うわっはっはっ。楽しみにしているぞ、チキンボーイ。」
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