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雨のオペラが沈黙を和らげてくれた。
何か話しかけなければ。
僕はそう思った。あなたともっと話したい。
あなたをもっと知りたい。そう思っていた。
「あの、…
そういいいかけると、雨のオペラが終わってバスが来た。雨に濡れたアスファルトをタイヤが切り裂いた。そしてバス停の前で止まった。
今度はバスのミュージカルが始まった。
「バスが来ましたね。」
あなたはまたニコリと笑って僕を見た。やはりあなたの笑顔は美しい。
そして僕より先に、バスに乗り込んだ。
彼女の透けた背中に、また僕の心に風が吹き荒れた。それと同時に、終わりを迎える悔しさがあった。
そしてあなたは1人用の席に座った。僕はもしかしたら、と少し思っていた。けれど、やはり、そんな僕の卑しい期待はあなたに届かなかった。
あなたは前から3番目の席に座った。
そこは僕のお決まりの席だった。
僕はそこに座ってあなたのことを想う予定だったのにそれがあなたによって奪われてしまった。
これで僕が奪われたものは2つになった。
いったいどこに座ったらいいのか。
バスの入り口で立ち尽くしてしまったのでみんなが僕を不思議そうに見てきた。
結局、僕は2人用の席に座った。
それも前から1番目の窓際に。
あなたは僕の視界には1mmも映らない。
バスの中は電気がついていて明るい。
バス停のような力強い明かりではなく、優しい、慰めるような光だった。
それは僕を照らして、窓に僕の顔を反射させた。
いつもの無表情だった。
けど、その日の無表情は、いつもと少し違って窓に映った。
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