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歩き始めたときは、学校や仕事終わりの人々の帰宅時間と重なり、ばらばらと人通りがあった。すれ違う何人かが、タンゲを横目で見ていた。コートの下から覗く軍服のせいだろう。この方面を歩く軍人はそう多くない。しかし、それを差し引いても彼は目立っていた。彼がなかなかの美青年だからである。はりのある黒い巻き毛に、彫刻のようにくっきりとした目鼻立ち、身長は平均的だが、すらりとして均等が取れた身体には、おおよそコンプレックスになるようなところは無い。さらに、容姿や能力の自信からくる高慢な雰囲気が、彼をより一層美形に見せている。タンゲはそれらの長所を自覚していたため、ちらちらと見られても、卑屈に思ったり、どぎまぎすることは無かった。彼はまっすぐ前を見て、堂々と、すました顔でそれらの人々とすれ違った。それにしても、こんな状態で考え事は出来なかった。見られているという自意識が集中力を奪った。やがて太陽もまもなく
沈みきるという頃になり、人通りも滅多に無くなった。そうしてタンゲはやっと本題に入ることが出来た。彼は考え始めた。彼が半年も頭を悩ませていることについてだ。
――俺はこのまま平凡な人間で一生を終えるのだろうか? 高い地位の世界を知らずに死んでもいいのだろうか? 悔いは無いのだろうか?――
将校が演説する姿が脳裏に浮かんだ。
タンゲは偉くなりたかった。認められたいという切望、驕り、そして強い好奇心が、卒業間際に彼を野望の道に誘っていた。偉くなれれば何でも良かったが、彼は軍人なので、将校になりたかった。しかし簡単に成ろうと決意することは出来なかった。一度やると決めたら、文字通り死んでも成し遂げなければならないというのが、真面目な彼の中でルールとして出来上がっているからだ。この決意には、今後の将来の全てがかかっているのだ。
春のぬるい空気と、道沿いにずらりと植わっている街路樹の花の匂いが辺りを満たしている。長いあいだ周囲に人気は無く、日は沈みきっていた。深く鮮やかな青色の空に、星が奇妙なまでに冴え冴えと瞬いている。その中で、タンゲは没頭した。
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