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ぽんぽこ山にゃ狸が出るぞ。それもただの狸じゃない。とっても強い化け狸だ。
そう言って、町の爺婆は苦い顔の親をよそに子どもたちを脅すのだった。
三好国春(みよしくにはる)も自身の祖父母から、耳にタコができそうなくらいその大狸の話を聞かされたし、実際山の中や田畑の近くでよく狸を見かけたので、そんな大層な化け狸がこんな近くの山にいるもんなのかと感心しつつ信じていた。彼だけじゃない。同学年のませた女子や、普段幽霊なんているものかと豪語している男子連中ですら信じていた。地元の人は、皆が皆というわけでもないが、この化け狸の存在をとりあえず信じていたのだ。
折紙屏風(おりがみびょうぶ)。それがその大狸の名前なのだそうだ。伊予国の大化け狸、隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)を勝手に師と仰ぎ、彼を目指して日夜化け修業に明け暮れ、本家本元に届かぬまでも強い力を手に入れた大狸――それがこのぽんぽこ山に御座す折紙屏風狸であるのだという。
ここ手ノ町は、狸にまつわる民話の宝庫だった。それがほとんど、折紙屏風とその傘下の狸によるものだという。やれ江戸初期の人間との婚姻譚だの、浅い川に人を落としては困らせていただの、「おいてけぼり」の類話だの、新しめのものでは明治の偽汽車まで、この地域の民話といったらとにかく狸、といえるくらいには狸の話が多かった。
その中でもとびきりおっかなくて有名なのが、折紙屏風の化け話――「狸の一本道」と呼ばれる話だった。
山の中でもその麓でも、一本道を歩いているはずなのに、何故か道に迷うことがある。行けども行けども同じような風景が続き、行く先を目指して坂を上っているはずなのにいつの間にか下っていたり、はたまたその逆であったり。そうしているうちに二日経ち三日経ち、すっかり憔悴して行き倒れも覚悟した頃になると、ふと元の道に戻っているのだという。その人がほうほうの体で家に辿り着くと、家の者は「忘れ物かい」と訊ねるがそのやつれぶりに大層驚くのだそうだ。彼は三日間道に迷っていたというのだが、彼が家を出ていってから帰ってくるまで、四半刻も経っていなかったのだという。
こんなことが度々あったので、ここらの人々は一本道を歩くとき、狸の苦手だと言う犬の鳴き真似をしながら歩いたのだそうだ。
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