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四時間目の終わりは、どうも眠くなる。
誓って古典の時間だからとか荻ちゃん先生の授業がつまらないだとかそういう理由ではない。四角い窓から差し込む日差しがちょうど背中に当たって、黒の学ランがいい具合に温まるのだ。こんなことをされてはイルカだって両目を瞑ってグースカ寝こけるはずだ、二千円かけたっていいと三好は思っている。
窓からちょいと外を覗けば、色の薄い一月の寒空に向かって欅が精一杯枝を伸ばしている。時折、肌を裂くような冷たい風がそれらを揺さぶっていったり、セキレイがちゅぴちゅぴ言いながら渡り歩いたりする。ああ、長閑だなあとそれを頭の隅のほうで微かに聞き取りながら、教室内に朗々と響く声を聞き流していた。
「白日山に依りて尽き、黄河海に入りて流る。千里の目を窮めんと欲して、更に登る一層の楼」
「よし、平沢は着席。ではこの口語訳を――三好! また居眠りかお前は!」
「ふぁい!?」
突然の指名に、ふわふわと宙を漂っていた意識が超特急で戻ってきた。がばりと上半身を起こした三好国春の頬には、教科書の四角い痕がぺったりと張り付いている。いつもだったら緊張感の無い笑いが教室内に巻き起こるところだが、生憎と今回はとげとげとした視線を数本寄越されるだけだった。
「『鸛鵲楼に登る』の口語訳を」
「はい、えーっと」
「一二四ページ!」
慌てて教科書を捲っていると「推薦決まったからって気を抜きすぎだ!」と呆れたような怒ったような声が飛んでくる。教室内の空気がより一層硬くなり、あわや説教が始まるかというところで、タイミングよく授業終了を告げるチャイムが鳴った。
「……では次回、三好から当てるからな。準備してこいよ」
そう言って荻野先生は荷物をまとめて去っていく。ふうと詰めていた息を吐くと、教室内も幾分か賑やかになっていた。購買に昼飯を買いに行く者もあれば、何人かで机を寄せて弁当を広げつつあるグループもいる。ようやっと昼休みだ。様々な物音に塗れながら、三好はぐっと伸びをする。
でも、やっぱりいつもとは少し様子が違う、と三好は思う。センター試験を今週末に控えているためか、教室内は幾分かぴりぴりしている。ここの生徒はほぼほぼ全員が進学を希望していた。クラスの半数以上が、センターを受けるらしい。三好はさっさと推薦が決まってしまったのだが、こっちまで神経質になりそうだ。
「平沢、おせーて」
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