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三好は自分の前の席に座る友人の襟元を引っ張った。
ぐふ、と喉から潰れた声を出した平沢は、三好の高校生活を説明する際に欠かすことの出来ない悪友だ。三好が何かやらかした時には必ず平沢の影があるし、平沢が何かやらかしたときは六割五分の確率で三好が近くにいた。珍しいことに三年間クラスも一緒で、出身中学も隣、ここ手ノ町住まいの地元住民ということで二人はなにかとよくつるんでいたのである。
後ろに引っ張られた襟を直しながら、険のある声で平沢は返す。
「お前、大学行くんだろ。このくらい自分でできないでどうするんだ」
「俺は一人でもできるよ。でも、それは今じゃない」
「えばるなよ」
三好にしてみれば、これっぽっちもえばったつもりはない。率直に事実を述べただけである。内心べえっと舌を出しつつ、やれやれと肩をすくめてみせる。
「おまえは就職だろ? 勿体ねえよなあ、頭いいのにさ」
「ま、実家継がにゃならんしな」
「実家ってなにさ」
「自由業」
それだけ言って平沢は見事なアルカイックスマイルを浮かべた。彼はこの手の話題になると頑なに口を割ろうとしない。そんな彼を見て、三好はお役所と平沢の家が土地のことで揉めていたのを思い出した。道路拡張工事をしようとしたが、彼の家の土地だけ立ち退きに反対して、嫌がらせのように貸しコンテナを置いてしまっただとか、昔ぽんぽこ山にゴルフ場を作るとかいった話が立ち消えたのも、彼の家が絡んでいるとか。地元民の宿命とはいえ、ちょくちょく耳にする機会があるのだ、そういった話は。
「ひょっとして、ヤのつく」
「つかねえよ」
平沢は国語の教科書で三好の後頭部をパシンと叩く。「さすが、いい音がするじゃないか」という嫌味も忘れない。さして痛くもないのだが、三好はついつい頭の後ろに手をやってしまう。三好の机の上に教科書を投げ置くと、平沢は自分のノートを手に取って顎をしゃくった。どうやら教えてくれるつもりはあるらしい。こういうところが有り難いと思いつつ、三好はそれをおくびにも出さずに教科書を手に取るのだった。
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