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「ってことはだ、太陽が山の向こうに沈んでくだろ、黄河が海に流れてくだろ。もっと遠くまで見てえ! って思って、楼のもう一層上に登ろうとするんだろ。ほら完璧」
「意訳が過ぎる、情緒に欠ける」
「うええ? だってこれしか書いてないだろうがよ」
ぶーぶーと文句を垂れる三好に、平沢は思わず眉間を押さえる。
「ここに描かれている景色は空想のものだ。鸛鵲楼からは、そんな様子は見れないという説があってだな」
「物知りだな」
「お前が寝ていただけだろう」
冷ややかに指摘され、三好はぐうの音も出ない。誤魔化すように教科書を手に取ると、平沢のノートと見比べる。
「えーと、じゃあそれと註を踏まえると?『真昼の太陽もいつかは山の向こうに沈んで、目の前を流れる黄河も遠くの海へと流れていくのだろう。それより遠くを見ようとして、一層上の楼に登る』ってところか。おー、カッコいい。いいな、俺この詩結構好きだぞ」
「物好きな奴だな」
「どこがだよ、わくわくするじゃん。新しい何かが見えるかも! ってドキドキして、まだ見ぬ景色に思いを馳せながら一段ずつ階段登るんだろ? いーじゃんいーじゃん、希望と期待に充ち満ちたいい詩だよ。俺らにおあつらえ向きってもんさ」
今まで古典は滅べと散々呪ってきた三好のはしゃぎように、平沢は心底呆れ返ったような溜息をついた。が、ふむと一息考えるような間を置くと、「そういう考え方もアリか」と呟いた。
「それ以外ねーだろ、変な奴だな」
「そんな変人に教えを請うた、己の浅慮を憎むがいいさ。さあ、教えてやったからには対価を頂こう。昼飯をご馳走になろうか」
二人は椅子から立ち上がる。授業修了のチャイムから、既に十分過ぎていた。
「購買だな。何がいい? チョコパン?」
「チョコはダメだ、どうにも好きになれない」
「あー、前食ってぶっ倒れてたの平沢だったっけか。そういやカレーもダメだとか言ってなかったか」
「カレーそのものというより玉ネギが食えない」
「意外と偏食よな。そのくせザリガニがイケるとか言うんだから相当の悪食だ」
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