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「コロッケパンは」
「すまん、化けたみたいだ」
さすがは屏風狸のお膝元、してやられたとばかりに舌を出すと、平沢は軽く眉をしかめつつも、ちょっと潰れた焼きそばパンを受け取った。
「あの激混みの購買でパン買えること自体が奇跡だってーの」
「別に、このくらいのことで怒っちゃないさ。ご馳走さん」
すたすたと歩き出す平沢の後ろを数歩遅れてついていく。向かっているのは昇降口横にある自販機だった。足元には、ひやりとした空気がスモークガスのように滞留していた。ここも冬の時期は日陰になってしまって、小奇麗なはずの人工大理石の三和土とリノリウムの床が、寒さを助長しているように思える。
「あれ、三好と平沢じゃん。久しぶりー」
自販機の前には先客がいた。去年同じクラスだったカヤが、ひらひらと手を振る。秋口頃までは腰巻きと化していたベージュのカーディガンのポケットに手を突っ込んで、もう片方の手でスマートフォンを握っている。すらっと背の高い彼女の後ろには、隠れるみたいに乃木ちゃんが小さく佇んでいた。二人とも、三好と同じように推薦組で進路は既に決まっている。変わらずのんびりと構えている二人に三好は少しだけ安心した。
「もしかして今年初接触だったり? あけおめじゃん」
「かもだね」
三好とカヤが二言三言交わしている間に、平沢はちょっと会釈をするとさっさとお目当ての飲み物を買っていた。いちごオレだった。
なんとなく連れない感じの平沢だったが、カヤはお構いなしに「平沢ぁ、まだアレ持ってんの」と彼の脇腹を小突いた。「持ってるさ」とだけ返した平沢に「アレって?」と三好が聞く。一瞬、平沢の眉間に深いしわが見えたような気がしたが、しぶしぶといった様子で彼は財布の中から何かを取り出した。
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