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満月の夜は、いつも貴方を想って涙を流している。
月は無慈悲な夜の悪魔。耽美的、それでいて猟奇的。扇情的、それでいて冷酷だ。天使のように微笑みながら、嗜虐に飽きた悪魔のように私達を見下ろしている。
満月の夜、貴方は決まってこの小さな私達の棲みかを出て行く。そして、貴方は殺人鬼になるのだ。殺した人間の返り血を浴びて笑う化物に豹変するのだ。
嬲(なぶ)り、千切り、肉を食(は)む。その巨躯は見る者を畏怖させ、盛り上がった筋肉はゴワゴワとした獣臭い毛皮に覆われ、目は虚ろに赤く輝く。
どういう原理かは知らない。でも貴方は、変身するのだ。フランツ・カフカの小説に出てくる巨大で醜い蟲(むし)のように。人々から忌み嫌われ、愛されることのない姿に。
私は別だった。私は貴方を愛している。どんな貴方でも。だから私はこうして孤独に涙しているのだ。
私の愛した貴方は狼男だった。
狼男、またはウェアウルフ。ほかにも人狼、ライカンスロープ、ルー・ガルー等、様々な呼び名を持つ彼らは人間とは異なる種族。ひっそりと、脈々と続いてきた古い血筋。
満月の夜、貴方は、抑えきれない摂動を抱えて、私の前から消える。そして、月が沈むと、体中を真っ赤に染めて、何事もなかったかのように、まるで生ゴミを捨てるかのように衣服を処分し、熱いシャワーで体を清め、私に挨拶をするのだ。
「おはよう」
そして、私は、泣き腫らした目を伏せて頷く。
一月に一晩だけの別離。時間にしたらたったの十数時間。それなのに私の胸はざわつき、徹底的に思い知らされるのだ。
私と貴方の差を。
埋められない何かを。
人間と化物、血の違いを。
ふたつの歯車は噛み合わないことを。
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