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「病院に行け。そして何も喋るな。俺の目の前から消えろ。そうしたら、何事もなく終わる。な、そうだろ」
男の声は震えていた。
齢15の少女を前に震える男というのも滑稽な話だ。その金髪も、顎鬚も、見かけ倒しだということだろうか。ただ、私に背を向けて逃げるという選択肢は取らないようで、その点は勇敢だと言えるだろう。
「おい、何とか言えよ」
男の怒号に空気が震える。男が1歩、前に出た。威嚇。弱者がする行為。自らの力の誇示。本当に力のあるものはそんなことしない。ただ、静謐に、無駄に動かず、騒がずに終わらせる。
そう、貴方みたいに。
「……もういい、ぶっ」
その言葉は最後まで続かなかった。
男の首が飛んだ。
まるで玩具みたいに。「殺す」という言葉が吹っ飛んだ首の方から聞こえてきた。男の顔は驚愕に彩られ、そのまま、ボトッと水の張った田んぼの中に落ちた。
「え」
初めて私は声を発した。
黒い影が男に触れたかと思うと、目の前の惨劇がもう既に繰り広げられていた。一瞬の出来事だった。何が起こったのか分からなかった。ただ、私と対峙していた男は死んだ。それだけが揺るぎない事実だった。
「……」
満月をバックに貴方は立っていた。長い、長い影が私の足元にまで達していた。
重心を失って倒れる男の体を鷲掴みにし、鮮血を浴びながら、貴方は私の方をゆっくりと振り向いた。男の首を一瞬で屠った大きな鉤爪から、ぽたぽたと滴が落ちる。
突然現れた貴方は人間とは似ても似つかない姿だった。
邪悪で、残酷で、気まぐれで。
貴方にとっては、その夜の標的はたった今死んだ男でも、私でも良かったのだろう。ただ男の方が貴方の近くにいた。それだけだ。欲望の捌け口なんてそんなもの。
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