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「悪戯ばかりしていては駄目よ」
と言ったのは、長い付き合いの女である。心配したような声を出すが、のっぺりした顔をしているので真意はわからない。いつもこうした小言ばかり言うので、うんざりしていた。
「うるさいなぁ、行かず後家の癖して」
「全く、どこでそんな言葉を覚えてくるのかしら」
溜息を吐く女を無視して、欠伸を一つ。立ち上がって着物の帯を締めなおすと、女は縫い物をしていた手を止めて僕を見た。
「またどこかに行くの?」
「どっかじゃないよ」
「どこへ?」
「面白いところ!」
真面目に答えたつもりなのに、女は先程よりも大きな溜息を吐いて頭を押さえた。女が縫っている薄緑の着物は、つい先日に破ってしまった僕の着物だ。
僕と女は一緒に暮らしていない。しかし、女はこうして時折、僕の世話を焼きに来てくれる。今はもういない僕の母親と、仲が良かったからだろう。きっと、女の中で僕は息子みたいなものなのだ。女は暫く黙っていたが、呆れた、と息を吐いた。
「危ないことはしたら駄目よ」
とうとう諦めたのか、女は縫い物を再開した。これ幸い、と次の小言が出てくる前に、一回転して小屋から飛び出す。
「本当に、そういうとこばっかりお母さんに似てるんだもの。困っちゃうわ」
出際にそんな声が聞こえて、さっさと逃げ出して正解だと思った。女の小言は長いのだ。
ふと、足の裏に触れる土の感触で、昨晩雨が降ったことを知った。見上げた空には、未だ雲がある。もしかしたら、今日も降るかもしれない。しかし、そんなことはどうでも良い。
――ただ走って、走って、走って。
ふと、神社を見つけた。地べたを歩くのも悪くないが、木があるならそこを伝っていくのが好きだった。そのときも、戯れに木を登って周囲を見下ろしているところだった。名も知らぬ神社だ。身体が大きい上に、随分と古そうに見える。人がいないのを確認してから、木から飛び降りて転がるように坂を駆け下りる。
ひょい、と神社の前に降り立って、あまりの惨状に「うげ」と声を出してしまった。信仰されなくなって長いのかもしれない。神社に続く石畳は所々が剥げて土が見えているし、神社そのものも全く手入れされていなかった。風が吹いて、木々が揺れる。僅かに、雨の匂いがしてきた。
――もしかしたら、とんでもないのがいるかもしれない。
◎◎
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