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やわらかな陽と、蔦に包まれた館。
緑の庭にはあちらこちらに花が咲き、ほのかに香る。
小鳥の鳴く、暖かな朝。
静かに鋏の音と女性の声が紛れる。
テラスの日よけの下では黒髪が梳かれ、揃った毛先へ鋏が入る。
散った髪が、巻かれた布の上を滑って落ちてゆく。
「もう少し、切ったほうがいいかしら?」
細い手が頭を触った。頷かれ、また鋏が入る。
そばの大きなテーブルには、霧吹きに髪留め、空のティーセット。
足元にはたくさんの髪の毛が落ちている。
まっすぐな髪へ櫛が通るのを楽しむように、ゆっくり何度も梳る。
今朝、髪を切ってほしいと訪ねて来たときは、彼女はずいぶん残念がった。
無造作に束ねられている黒髪は、くせも無くなめらかで、彼女のお気に入りなのだ。
しかし少し拗ねたような様子で、伸びて邪魔になったからと言われれば、慣れない鋏も手にしていた。
おしゃべりなのはよく知っている。
「前髪も揃えるから、目を閉じててちょうだい」
黙ってまぶたが下ろされる。
頬が赤い。
そろそろ暑くなってきたのかしらと、背中で陽を受けて陰をつくる。
赤い頬にはガーゼと傷痕。まだ新しい擦り傷もあり、頭にも所々切れた跡が髪を途切れさせている。
他にも、いくつも怪我の跡があるのを知っている。
その数を増やさないよう、彼女は気をつけて鋏を入れる。
先週から通いはじめた道場は、たちまち兄弟子達を泣かせて、さっき破門になってきたところだと言う。
あいつら弱いくせに偉そうにと、本人の口はずっと動いている。
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