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「真歩、すぐ戻るから寝ててね」
奥へ声をかけるが返事はない。
「あの、そばにいてあげたほうが」
「いつもの事だから大丈夫よ」
理恵はニコニコして靴を履き、玄関脇のシューズインクローゼットからヘルメットを二つ持って出てきた、それがあるという事は、真歩と二人で出かける事もあるのだろうか。
エレベーターに乗り込むと、理恵は口火を切った。
「テニス、楽しい?」
「あ、はい」
「良かった。無理矢理誘ったみたいだから、気になってたの。ごめんなさいね、テニス馬鹿で」
「いえ……おかげで学校が楽しくなりました」
理恵は嬉しそうに微笑んだ。
「そう、良かった」
「私の方こそ、ごめんなさい」
「うん?」
「喧嘩とか……あ、時計壊したのも私の所為で」
「ああ、時計はいいのよ、元々中学生が持つような代物じゃないから、壊して当然よ」
それでも真斗は「持つならいいものを」と言う。結局また色違いのオメガを買い与えていた。
「どうも価値観が違うと、何言っても判ってくれなくて」
理恵は溜息を吐く。
エレベーターを降りても会話は続く。
「喧嘩もね。まあびっくりはしたけど、子供の頃の真歩を知ってれば、まあなくもないかなと」
「え? そうなんですか?」
「ふふ、喧嘩はした事ないけどね。学校を抜け出したり、2階だ3階だから飛び降りたり侵入したりで、こってり絞られたりね」
「え……全然想像できない……」
とりあえず多香子達が持っている印象は、イケメンで物静かなインテリの優等生、ではないかと思えた。
「京都に、移ってからなの、あんな風になっちゃったのは」
理恵は溜息交じりに言って、ヘルメットを二つ、裕子に預ける。
「移ってから?」
「それまではイギリスにいたのよ、京都に住み始めたのは五年生から。ちょっと空気が違いすぎたみたいでね。少しずつ変だなと思ってはいたんだけど、成長の具合とかもあるかなと……でも、中学の時の担任にね、まるでピンと張り詰めた糸の上にいるようですって言われて、やっと気付いたの、もうあそこには住めないって」
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