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「……気乗りはしないがついでに聞こう。書記君の方は?」
「書記君は、終業後すぐに顔を出しては『先日付き合い始めた彼女とデートがあるから』と言って、颯爽と帰っていきましたよ。今日は帰りがけにファーストフード店にて軽食をとった後、カラオケに行き、公園で話をして帰るようです。必要でしたら、二人ともに連絡して呼び戻しますけど、いかがしましょうか?」
いやいい、と手を振った会長は、疲れた様子で頬杖をついて、再度新聞の文字列へと視線を滑らせた。恋愛感染症。ここK市を中心に広がる迷惑極まりない感染症の名前が、紙面に堂々と記されている。名前を聞いただけでどんな症状が現れるか予想できるであろう感染症は、症状を知らない者にとっては安直でしょうもないものだと感じるだろうが、実際、その潜在能力はバカにできたものではない。空気感染するうえに異常なほど感染力は高く、ワクチン等の対抗策もない。発症期間は想像だにできないくらいに長いらしく、発見からひと月以上が経過した今でも治った例はひとつもないという、常識の範疇を超えた性質をもっているのが恋愛感染症だ。
罹患した者は、盲目的に自らの恋愛へと一直線らしい。名前の安直さといい、なんて分かりやすい症状だろうか……。恋愛感染症は、彼らの通うK高校が腰を据えているK市を中心に広がっているということもあり、K高校に在籍の皆が感染しており、それは教師も例外ではない。
「恋愛感染症にも困ったものだな」会長は窓の外に目を向けながらつぶやく。「当校で感染していないのは、もう俺と副会長くらいのものだろうか……」
「そうですね」副会長はくすぐったくなるような笑顔を浮かべて肯定した。「生徒も教師も、みんな感染しています。私のクラスは、私をのぞいた全員が感染していますよ。――――先日は、校長先生が奥さんと仲睦まじくお手を繋いで歩いているところを見かけましたし、日本全土に広まるのも時間の問題ではないでしょうか」
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