"エリニュスクライ"

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  「はぁあぁぁぁッ!?なっ、何言ってっ、何をッ!!何言ってやがんだ一流ッ!!何言ってんのか分かってんのかッッ!!?ははっ、ははははははッッ!!!」 「充分承知してるわ・・・ッ!!絶ってぇ有り得ないって俺だって思いてえわ・・・ッ!!」 「ならそのまま思ってろ。誰だって思うよ、そんなの有り得ねぇッ!!」 支離滅裂。そう言われても仕方の無い突拍子な結び付きだ。 自分の親が経営する病院でのコソ泥騒ぎ。盗まれた物は心臓(ハート)ならぬ、人から人に移植される筈だった肝臓。 陵が一流に掴み掛かる一歩手前でがなると、麻昼も同調するように一流を非難する。 「そっ、そうですぅッ!!並木さんはお馬鹿さんですね。だって、だってそんなのは机上の空論ってやつですぅ。ねっ、ねっ、お兄ちゃん・・・ッ!?」 妹に袖を掴まれ、引っ張られ、竜夜は俯く。だが竜夜は応えなかった。 ──なんなのだろうか。この変に落ち着いた心は。 麻昼の心配そうな表情など入って来ず、丁度肝臓辺りに手を添えながら竜夜は独考する。 この肝臓とは2年間付き合って来た。薬こそ飲み続けなくてはならなくなれど、感謝の気持ちを忘れた事など1日も無いだろう。 だが、だが。 「心配を、掛けたく無かった」 「・・・お兄ちゃん?」 竜夜はここ最近脇腹が疼く事が多くなっていた。 痛みは無いが、"どこかに行こうとするよう"に脈を打つ時が屡々。不思議な感覚だが、そう竜夜は感じていた。 それが、丁度秋平達が天王寺魔法学園にやって来た頃だった。 もしかしたらまた悪化したのかもしれない。それを麻昼や朝日、友人に伝えてしまえば不安を与えてしまうだろう。 だから黙っていた。 「招待生の人達が来て、ストレスが溜まったって事にしてたんだ」 「そこ、首傾げない。肩竦めない。首振らない。鼻で笑わない呪わない顔文字描かない」 その疼きの旨を竜夜が口にし、招待生達が扇に注意を受けて渋々口を尖らせる程度まで態度を改める。 「じゃあそらなんでっしゃろ?移植された肝臓が、本来移植される筈やった人の知り合いが近くに来て喜びはったと?」 「フフフ・・・非現実的ね。たしかに人と人を繋ぐ呪いはあるけれど、そこにはある程度の怨念がないと。ドナーの子が死んじゃってるんじゃね」 「ヒヒヒ・・・そのドナーの少女が幽霊にでもなって、その光景見てたとかなら怨霊化して影響を与える事もあるかもしれないわね」 「・・・勘違い・・・清星院君・・・」 「「「「そんなオカルトチックな事ある訳無い」」」」 「「「「「4人には絶対言われたくないと思う」」」」」 晴麿、多恵、九蓉、ジャスティーは自分達でもそう思うと頷いた。 しかしこの竜夜の雰囲気、口振り。誰もが感じている事があった。 何故、否定に走らないのだろうか。 事実にしろ虚偽にしろ、普通なら鼻で笑い飛ばすような荒唐無稽な絵空事だ。竜夜が如何に変わったとはいえ、優しい人間とはいえ、不思議でならない。 特に陵と麻昼は、今まで感じた事のないような雰囲気の竜夜に掛ける言葉が出てこない。 「楸原さんが並木君の話を否定しない。さっきから黙ってばかりの姉さんがまだ黙ったままだ。  僕の事が嫌いだったとしても、もし検討違いの事を並木君が言ってたら、楸原さんなら並木君を嘲るだろうし、今の姉さんなら鼻で笑うくらいの事はするんじゃないかな。 でもしない。それは並木君が楸原さんの期待に応えたからで、姉さんはそれが事実だって知ってたんだから。   だからさっき楸原さんに言われて何か諦めたんじゃない? だから並木君の話に何も驚いてないんじゃない? だから"そんな楽な顔"出来てるんじゃない?   ねぇ、姉さん。だから僕は姉さんの口から聞きたいんだ?ずっと黙ってばっかの姉さんに、"黙ってばっかだった"姉さんに」 竜夜にしては珍しく捲し立てるように言葉を紡ぐ。俯いたまま、項垂れたまま。 そして顔を上げ、肉親の片割れに問う── "僕が居なかったら、何人幸せに今を生きてたのかな" ──虚ろな眼から、大粒の涙を溢して。
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