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  彼女は完璧だった。 容姿端麗、頭脳明晰、始めた武道は全て段取得。"人間"としての文武両道に極めて忠実だった彼女の親が求めた事は、次いで"社交性"だった。 義務教育という概念が無い"この世界"では、彼女の教育は全て親からの召し付け。その結果、彼女の友人と呼べる人物は親のライバルでもあり、友人である者の娘のみ。 それを危惧した彼女の親は、社交性を学ぶ場として16歳になる年からでも編入が可能な学園へと入学させた。 最高の教育環境から放流された彼女という鯉を、天に孔を空ける龍とならせる為に過酷な滝登りをさせるつもりだったのだろう。 だがその滝は決して過酷などでは無かった。 部活をすればオールエース。楽器の演奏はなんのその、男性に混じってサッカーをすれば鼻歌混じりで端から端へ。スカートを捲られそうになると回し蹴りを見舞う始末。 決め台詞は── 「所詮はこんなものですの」 ──孔の無い完璧な彼女は、次第に腫れ物扱いされ始め、"社交性"を学ぶどころか人と関わる事すら難しくなっていた。 だが彼女はそれを卑下しなかった。自分はやるべき事を出来てしまうだけであり、別段間違った事をしている訳ではないと思っていたからだ。 登るには容易い滝。龍になる為の苦労は一通り終えていた。そんな彼女の登る滝が急に険しくなったのは突然だった。 その年の最初のテストで、彼女は初めて"負けた"。 茫然自失。テスト結果が張り出された掲示板の前には、立ち尽くす自分と騒がしい野次馬。 「楸原・・・秋平?」 彼の名前が自分よりも上にあった。 互いにオール満点。だがクラスの関係で自分の名前よりも上に名前がある事を、彼女は引き分けではなく"負け"と受け取った。 人の上に、トップに立つ人間として常に頂点に居なくてはならない。そんな考えの彼女が自分で課した敗北。 悔しい、悲しい。そんな感情よりも先に湧いて出てきたのは、嬉しさだった。 自分と対等に立ち合える存在。 滝登りのレースに参加して来た新たな鯉。 だが彼女はまだその時、理解していなかった。 その対抗馬・・・いや、対抗鯉が既に龍として大成した存在だったと。
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