第7章 過去に遡っての全てまで

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それ以降、篠山の奴と顔を合わせることもぱったりとなくなった。 わたしがいいとこのお嬢さんで歳下の許嫁がいるって噂が流れることも特になかったみたいで、女の子たちには何も言われなかった。男の子の同期とはもともとあまり交流もないのでそこで何か言われてるとしても伝わっては来ないけど。でも、そんな話なら男女の垣根を越えてこっちに波及してきてもおかしくない。恐らく篠山はこれは無理筋、と判断した途端わたしに関心を失ったんだろう。 そう思って安心してたわたしの頭から、ひとつ完全に抜けてることがあった。 「…矢嶋さん」 背後からそっと声をかけられ、自分の席でパソコンの画面に見入ってたわたしは椅子の上で跳ねそうになる。慌てて振り向いた。そうだ、筧くん。 「どうも。…その節は、本当にお世話になって」 椅子から立ち上がって振り向き、一礼するわたしを手で制して彼は周囲を気にするように声を落とした。 「それは、もう。…ていうかさ。今日、お昼一緒にいいかな。外にでも行かない?」 「それは。…いいけど」 いつも社食のことが多いからあまり周辺の店に行く機会がない。それはそれでいいかな、とかそういうことじゃないか。 筧くんと二人でお昼食べて、一体何話すの?って問題は残る。でも。 特に断る理由は見つからない…。 「じゃ、昼休みに。迎えに来るよ」 彼はてきぱきと言い渡して去っていった。途方に暮れて目を上げると、悪戯っぽい眼差しでこっちを伺ってた原口さんと視線がかち合う。 「どうなの、彼と?少しは進展しそう?」 立ち上がってこちらにやってきてそっと話しかけてくる。いや、お気遣いはありがたいんだけど。 彼女には既に篠山の奴とは話す機会があり、その時の感触としてはもう引き下がったみたいだと伝えてある。だからしばらく控えていた残業ももう解禁なんだけど。念のため、あまり遅くならないように気を配ってくれてる。本当に親切な人だ、と感謝の念に堪えないが。 親切な人のならいと言えようか、やや他人に対して関心が強い傾向はなくはない。わたしなんか、職場の誰が誰と付き合おうとまるでどうでも構わないけど…。 「いえあの。…そういう訳では。そうだ、筧くんにお礼ちゃんとしてないや。せっかくだから今日のお昼奢ろうっと。…あ、そしたら。原口さんもご一緒にいかがですか?わたし、何にもお礼できてないし」
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