夜の猫、闇の底を走る・第４話

第７章 過去に遡っての全てまで

原口さんは滅相もない、と言わんばかりに大袈裟に顔の前で手を振った。
「いやいやまさか…、そんなお邪魔虫なこと。わたし、後で筧くんに怒られちゃうよ。のこのこついていったりしたらさ」
「そんなことありませんよ」
未練がましく尚も彼女を誘おうとするわたしに、原口さんはふと顔を曇らせて眉を寄せた。
「矢嶋さん。…もしかして、筧くんのこと無理？全然受け付けないの？」
「いえ彼が問題とかではなくて。…わたしの方の話なんです。筧くんは全然悪くありません」
慌ててつい正直すぎる本音を。でもさすがに原口さんはわたしの『問題』をそういうものだとは受け取らなかったみたいで（当たり前だ）、考え深げに顔を寄せてきた。
「矢嶋さん。…本当は、もう決まった人がいる…、とか？筧くんにそのこと、言うタイミングがわからないとかなの」
そういう訳では、と喉の奥からぽろっと反射的に溢れそうになり慌てて口を噤む。とにかく何でもかんでも正直ならいいってもんじゃない。
「それは、あの。…微妙なとこで」
彼女は何かを飲み込んだように物分かりのいい表情を浮かべた。
「わかった。…例の、帰りに迎えに来てくれてたって人？その人がやっぱり矢嶋さんの彼氏なんだ。別に、正直に言ってくれてよかったのに」
「うーん…、そういう訳じゃないんですけど」
わたしは迷いながら頭の中で懸命に辻褄を合わせる。高城くんが話してたの、どんな設定だったっけ？誰の耳に入るかわからないから、あんまり出鱈目なのも後で変なことになりかねないし。
「あの、あの子は幼馴染で。…歳下なんですけど、親同士はわたしたちに一緒になって欲しいって思ってるみたいで、以前から。わたしはそういうのは納得できないなぁって思ってずっと拒否してたんですけど。…最近になって、…少し。変化がないことも」
原口さんは訳知り顔になり、ぱっと瞳をきらめかせた。
「そか、わかった。皆まで言うな。この前、あの男にきっぱり対応してくれたのを目の当たりにして見方が変わったのね？それまで頼りない歳下の子だと思ってたのがいつの間にか頼れる大人に成長してたのに気づいて…。うーん、いいじゃない何だか」
何故あなたが身悶えるんですか！
「なんか、幼馴染ものの少女漫画みたい。ちょっと羨ましいかも。…あ、えーと。筧くんには、少し…、残念な話かもしれないけど、さ」
わたしは思わず上目遣いに宙を見上げた。