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それで行き掛けの駄賃とばかりにわたしを庇っていてくれた筧くんにわざわざ嫌がらせ気味の腹いせをして、溜飲を下げてせめてもの慰めにしたんだろう。なんて奴だ。
第一、非生産的だ。そんなことしても別に誰にとっても何にもならないと思うけど。篠山本人だって無駄なエネルギーを使うほどのものを得られるでもないだろうに。
わたしはつくづく呆れた。他人って本当、度し難い。わたしなんかには理解できない動機でこうやって動いて来たりするし。
筧くんはそんなことを考える余裕もない、といった表情でまっすぐわたしを見た。
「それで。…そのことだけど、本当なの。矢嶋さん。…この前の時、君を迎えに来てた人って、婚約者だったの?」
「うーん。…そのことなんですけど」
わたしは手持ち無沙汰にお冷のグラスを口許に運びながら脳内であれこれ引っ張り出して懸命に設定を思い出した。意外にこれ、使う機会多いな。今度忘れないよう一度何処かに書き出しておこう。
わたしは途切れがちながらも、婚約といっても単に両家の親が望んでることで正式なものではないこと。そういうことを押しつけられるのが嫌でずっと拒否してたこと。相手の方はどうやら今のところ一応そのつもりでいてくれてるらしいこと(そういう設定なので。断じてリアルの高城くんとは関係ない、と自分に言い訳する)などをぽつぽつと説明する。彼はじっとテーブルの上の一点を見つめながらそれを聞いていた。
「それって。…矢嶋さん本人の気持ちとしては、別に受け入れてそのまま結婚するつもりはないんでしょう?」
わたしの説明が終わると彼は、噛み砕くように言った。さあここだ。わたしは腹の底に力を入れた。…マジ嘘、いきます。
わたしはあらぬところを見つめ、やや早口に答えた。
「それが。…ずっと、親の思う通りになんかならないって意固地になってたんだけど。思えばあの子本人がどうかって今までちゃんと考えたことなかったなぁって、気がついたの。…この前。彼も、いつの間にか大人になってたんだなぁって急に…、実感して」
筧くんがじっとこっちを見ている。視線が痛い。
「…歳下なんだってね、彼」
「うんまぁ。だから、これまで子どもだと思い込んでて。…あんまり真面目に考慮する気になれなかったのが、それが」
彼は静かに口を開く。
「…好きになった?」
嘘ってつらい。
「えーと。…多分。恐らく。…そういう、こと。…だと、思う」
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