最終章『炎帝』

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 恨み言を呟きながらセリカは懐から杖を取り出した。杖といってもその大きさは三十センチにも満たない小さなもの。象牙のようや素材に銀の装飾をあしらった小綺麗な短杖(ワンド)だ。 「大好きなお水で殺してあげるわ……紛い物だけれどね!」  セリカが侍らせていた闇が短杖の動きに指揮されるように踊り、空へと打ち上げられた。上空に達したそれは床にコップの中身をぶちまけた時のように広がり、昼間の青空を薄暗い夜闇のそれへと塗り替えた。そして、  ━━━━━━雨が降り始めた。黒い黒い雨粒が。 「痛ててててて!! なんだこりゃ!? 痛てっ!」 「これは…………!!」  首を傾げて空を見上げていたリザの鼻先に雨が落ちた。  肌に触れる度に焼けるような痛みを伴ってリザの白い肌を黒く侵す雨粒。アーチェは水の球体の中に居るため直撃こそしないが、その護りである水の衣もまた筆洗に墨を入れたように黒くなっていた。  見渡せば雨粒が落ちる度に建物は拳大のクレーターのような孔が穿たれ、腰の下ほどの深さのある激流は黒く染め上げられる。 闇の属性の魔力が持つ性質、すなわち侵食。アーチェの支配領域であった水のテリトリーがみるみる内に食い荒らされていく。 「 痛てーっつってんだろがァ!!」  咆哮。同時にリザを起点に炎と魔力の爆発が引き起こされ、体を侵食していた黒が一蹴される。  リザの猛獣のような眼光が敵を居抜く。標的はもちろん自身を攻撃するセリカだ。  ぐぐ……と腰を沈めて下半身に力を送る。バネのように溜め込まれた力を………解放。発破でもかけたような水柱を残し、水平方向へ向けて重力無視の大加速。一瞬にしてセリカの懐へ到達した。 「(速………っ!!)」  烈帛の気合いと共に踏み込み、下から突き上げる形でフルスイング。咄嗟に身をよじったセリカの顔面スレスレを拳が通過。リザが纏っていた炎は槍のようになって目標物の遥か後方に着弾し、塔にも似た石造りの建物は爆散した。  目の前を熱いモノが通過したにも関わらず、対照的にセリカから流れる汗は氷のように冷たい。命中せずとも炎の余波で頬がひりひりと痛み、僅かに血を滲ませていた。もしもあの拳がほんの少しでも掠っていればセリカの首から上がすっ飛んでいたことは間違いないだろう。
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