最終章『炎帝』

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 充分に無力化できる一撃だった。薄闇の力で能力を削ぎ落とした所へ致命の一打。並の人間なら肉片すら残さず、武装した上級騎士であっても半殺しにできる威力だった筈だ。  されど当然のように立ち上がる忌々しい怨敵を睨み付け━━━そう、リザ一人に注意を引き付けられていた。普段の冷静な彼女ならば決して犯さないであろうミス。  だが彼女は頭に血が上り冷静さを欠いてしまった。故にほんの僅かな間ながら思考から外してしまった。  これは三つ巴の戦闘である。 「私を完全に フリーにするとは嘗められたものだな。」  ぞくり、とおぞましい気配が背筋を舐めた。  背後から発生した重圧(プレッシャー)に弾かれるように振り向くと、視界一杯に水面が映っていた。  空に湖を浮かべたのかと圧倒されるほどの物量。地上に産み落とされた小さな天体さながらの巨大な水の球体が視界を覆い尽くしていた。 アーチェから意識を逸らしていたのは時間にすれば五、六秒のことだろう。しかしそれで充分。充分すぎたのだ。  ━━━━空から星が墜ちてきた。 「しまっ━━━━━━」  アーチェの指揮に従い地上への侵攻を始めた水の天体。目と鼻の先に迫ったそれを今から逃れる機動力をセリカは持ち合わせていない。  ちなみにリザの方は言うと「やべーやべー」とか言いながら一目散に逃げ出していた。ダメージの影響は微塵もなし。見事な引き足である。  結果、背後を疎かにしていたセリカだけが直撃を受ける。 「くぅぅうううううううう!!!」  受けきれない。  二対の黒い翼が天体の落下を食い下がるが、たっぷり準備の時間を与えてしまったアーチェの魔法と、咄嗟に迎え撃つセリカの魔法。お互いの力量が互角に近いのだから、どちらが優勢になるかなど議論の余地もない。 「ぐっ……、お、ぁぁああああああぁぁーーっ!!!」  抵抗できたのは数秒。  物量差に押されるまま共に落下し……天体は大地へと墜ちた。  鼓膜を突き抜けるような爆音、そして衝撃波。水の魔法によるものとは到底思えない暴力の渦。一帯の建造物は暴威の前に紙細工のように蹴散らされ、粉々になった水飛沫が雨のように降り注ぐ。  水の天体の爪痕は、まるで本物の隕石でも墜ちてきたようなクレーターが広がっていた。
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