序 ひともとの紫

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「……えっ……うぅ……うっ」 「あらあら、なかなか帰ってこないと思ったら、こんなところで泣いていたのですか」 「おばあさまぁ」 「今日は何があったの? ほら、婆に話してご覧なさい」 「あっ、あのね。さっき、じんじゃでね。ころんだ子がいたから、おこしてあげたの。そしたら『きたないから、さわるな』って、どんって、されたの。しの、きたなくないよ。きたなくないでしょ?」 「えぇ、汚くなんてありません。しーちゃんは綺麗ですよ。とっても綺麗な心の持ち主です」 「しの、みんなとあそびたい。でも、だめっていわれるの。おばあさま、どうして? どうしてしのは、いつも、どんって、されるの? どんって、されたら、いたいよ」 「しーちゃんは、痛いことをされたら、その相手に同じことを仕返ししてやりたいって思う?」 「しかえし? どんって、されたらいたいもん。しの、いたいことはしないの」 「しーちゃんは大事なことがちゃんとわかってますね。その綺麗な心のまま大きくなってね。そうしたらきっと、皆のほうからしーちゃんと仲良くしたいって言ってきますよ」 「ほんと? ほんとに、ほんと?」 「えぇ、本当です。おじい様があなたの名前に込めた想いの通りにね。あなたと(ゆかり)を結んだ者は、皆があなたを愛おしく想うことでしょう。このことを名乗る度に思い出してちょうだいね。紫乃(しの)ちゃん」  遠い日、薪小屋の片隅で泣いていた僕。祖母に抱かれて聞いた、優しい声と言葉。  あぁ、どうして思い出してしまったのだろう。外では傷つけられることばかりだったけれど、祖母の懐に戻れば温かな愛情が包み込んでくれることを知っていた、あの頃のことを。その日々がずっと続くのだと何の疑いもなく信じていた愚かな自分を。  なぜ自分はいつも傷つけられるのか、という問いに、一度も明確な答えを示してくれなかった祖母のことを。  そして、祖父が名づけてくれた紫乃という名。『ゆかり』に込めた想いこそが僕を壊すだなんて夢にも思っていなかった、かの日のことを。
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