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彼とて、よもやこんな事になろうとは夢にも思わなかった。
仕事もそこそこ順調。ましてや今回はかなりの儲けが期待できる取引で、注文の品を手にしたクライアントはおそらく彼の言い値で硬い握手を交わすであろうと思われた。
それなのに──。
「な……なんで。こんな、馬鹿な……!」
不毛な言葉を漏らす口元が片手で押さえつけられる。掴まれた頬骨が、万力のような力でグシュと砕ける。
「あがっ! ぐごおぉぉぉあ……!?」
背後には客船のバルコニーから望む月と、漆黒の海原。さやけき星々を映す海が白い航跡に飲み込まれていく。
と、次の瞬間。彼はその者の腕にきつく抱かれた。
ズッ。
ズズズ……ッ……、ズズーー……ッ……。
「…………っ……!!」
「……アミン」
それは聞き慣れない発音の祈りの言葉。
一気に幕を下ろした彼の最期に見えたのは、星影に映る血塗られた……牙。
ポシャン、と頼りない水音を上げて彼が船から海に投げ出される。
豪華客船の一角で、古来よりひそやかに息づく魔物が恍惚の笑みを浮かべた──。
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