花火の終わりに。

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「ちょっと待ってて。りんご飴買ってくるから」 「僕も買おうかな。ちっちゃいの」 「へぇ。君、甘いの好きなの」 「ううん」  りんご飴を一つずつ買う。ついでにたこ焼きを僕を一パック。出店の裏の、薄暗い木陰に二人で並んで座る。すっ、と一瞬、冷たい風が吹く。 「甘いの好きじゃないのに、どうしてりんご飴を買ったの」  僕はたこ焼きを飲み込んでから彼女の問いに答える。 「お土産にしようかなって」 「ふぅん。家族に?」 「恋人、に」  赤い浴衣が歩いているような気がした。誰か男の人を連れて、きゃあきゃあと笑っている、そんな気がしてならなかった。わたあめを食べている白い浴衣を着た彼女は大きな声で笑う。 「あっはは、趣味悪すぎ!」 「……そうかなぁ」 「うん。そんなことするんだ、君。ちょっと意外。まぁ別に、今まで喋ったことなんてないから、そりゃそうなんだろうけど」 「まぁね」  たこ焼きをもう一つ、口に放り込む。白い浴衣を着た彼女と喋ったのは、このお祭りの約束をしたときくらいだと思う。今まで同じクラスになったこともないし。わたあめを食べ終わった彼女が立ち上がる。 「食べ終わった? たぶんそろそろ花火が始まると思う」 「……そう」  僕はため息混じりでたった二文字の素っ気ない返事をした。ソースの味が舌にこびり付いている。ゴミ箱にわたあめの割り箸とたこ焼きのパックを放り込む。片手に金魚をぶら下げた彼女は僕の浴衣の裾をしっかりと握って、僕の顔をのぞき込んで、にっこり笑って、言う。 「今度よそ見したら、許さないんだから」 「うん」  その一言を言いたかったのは僕ではないんだと思う。するりと人混みの間に滑り込んで、僕らは黙々と粛々と歩いた。赤い浴衣はもう見えなかった。出店が途切れた先の石で出来た階段を登って、人気の薄い神社の境内まで。出店の並びを見下ろす。ぴかぴかと目に痛いほど明るかった。  じぃじぃ。虫の鳴き声。お囃子はやはり遠い。 「もう少し奥に、花火がとっても綺麗に見える場所があるの。あんまり知られてないのよね。だからいいんだけど。たいていわたしが独り占め」  こっち、と彼女は重大な秘密を教える子供のような真剣さで言う。 「でも、たぶん、今年はあそこじゃあ見れないんだろうなぁ。特別だったのに」
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