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澄慧は嘆息した。己とて、此度の内訌と関わりを持たぬ身ではない。なぜならば、澄慧は宗家の当主・是貴の側室腹の子で、正室腹の是周とは異母兄弟である。また、澄慧の母は佐山医王院家の貴豪の父の妹にあたる女人であった。さらに言えば、貴豪の母は宗家の是貴の妹で、一族衆ながら妹を輿入れさせたあたりに宗家の佐山医王院家への警戒感が表れている。
領主の座を追われたのは己の異母兄で、その座を奪ったのは父方・母方二重の従兄弟――よくあることではあるが、早くに出家した己の身には関わりのないことと澄慧は漠然と思っていた。それは、わずか四歳でこの宣徳寺に入り、十歳で得度し、早くに俗世とは無縁の者となったせいかもしれぬ。
澄慧の母は澄慧が生まれてすぐに亡くなり、父・是貴は、嫡男の是周のほかには男子はいなかったが、この側室の子を早々に寺に入れた。是周の出来があまり良くないのはわかっていたが、いや、それだからこそ跡目争いを危惧したか、側室の子は僧とした。
澄慧は医王院宗家の菩提寺である宣徳寺で得度すると間もなく京の寺へ移り修行した。そののち、二十歳で足利学校へ移り三年学び、ここ宣徳寺に戻ってきて一年近く経ったところであった。
出家し無縁の者となったとはいえ、己の血縁が共に争い、母の実家である分家の従兄弟が勝利したとなっては、己も覚悟を決めねばならぬことになろう。
澄慧はいずれこの寺を兵が囲むであろうと予測していた。その兵が、兄・是周を支持する家臣の者か、あるいは分家の貴豪の手の者か、それによって己の命運が決まるであろうと。
(だが、己はどうしたいのだ。)
澄慧は自問した。兄・是周が幽閉された今、宗家を継ぐべき父の子は己一人。還俗して貴豪を討つべく、どこぞへ身を隠し、捲土重来の期をうかがうか。
だが、得度して十四年、今更武将になりたいとは思わぬし、なったところで己を支持する家臣たちと共に宗家の再興を期するのは限りなく徒労に近い。思った以上に己の異母兄・是周が人心を失っていたことに鑑みれば、勝てぬ戦となろう。無駄に命が失われ、土地が荒らされるだけのことではないのか。
しかし、だからといって、生家に取って代わった分家の従兄弟に従えるかといえば、抵抗がある。しかも、己を宗家の最後の生き残りとして殺すこととてあり得るであろう。
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