春陰

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(僧のわたしを殺すとなれば、貴豪殿も相当の覚悟だろう。) 澄慧は回廊を進みながら考えた。仏弟子たる僧を(あや)めるのは俗人にとって忌避すべきことと認識されている。が、それをあえて為すか、あるいは自害を迫るとなれば、家督を奪った側の覚悟も忍ばれようというものだ。 まだ風は冷たいながらも、暖かな日差しが降り注ぎ、まことに麗かな良き日であった。が、空には灰色の雲も控え、一抹の心細さにも似た悲哀を滲ませているのもまた春らしきことである。 その春の光が、回廊を急ぐ澄慧の際立った面貌に(かげ)りを与えていた。
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