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板の間で帳面をめくるオレを三郎さんは下膳口からしばらく眺めていたようだ。
「安心した」
「……え?」
唐突に声を掛けられて振り返った。三郎さんはオレの前に来て座った。
「いや、私も急な隊務だったから話し合う暇もなく気になってはいたんだが。颯、何日か前に外出先から痣だらけで帰って来て泣きながら原田さんの着物を洗っていただろう。かと思うとその日からずっと汁や煮物の味付けが濃かったり薄かったり、飯も硬かったりベタベタだったり。誰が何と言っても魂が抜けたように右から左だし幼年組も放ったらかしで」
「……すみませんでした」
「あの様子では会津公のお献立どころではないから、宮川さんの方で理由をつけて断ると」
「……」
やる気がない、と見放されても仕方ない。屯所の人達……特に幼年組にはここ数日、本当に悪いことをしてしまったと思う。
「三郎さん、せっかく手伝ってくれたのに……ホントにすみませんでした。実は……」
「いや、いい。颯に何があったのか私は聞かない」
「えっ……」
「人生には人知れぬ悩みがつきものだからな。まして私たちは多感な切子の十代だ」
「……」
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