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「先生はお若いのに大したものだ。記憶の無い患者の治療など、どこも取り合ってくれないのでほとほと困っていた」
斎藤さんが感心したように言った。俺もすごく感謝している。
「いやいや。たまたま代々直伝の処方が家にあっただけだす。なんでも父親が若い頃、剣の稽古中に打ちどころが悪うて同じ症状になったらしいんですわ」
「そうなのか」
「へえ。それで心配した祖父さんとひい祖父が本業そっちのけで治療法の研究に没頭したそうで。
おかげさんで父はようなりましたが、すぐに効き目があるわけやありまへんで。なんでももの忘れいうんは『記憶』がすっかりのうなるわけやのうて、開かずの引き出しのようなもんやそうです。ある時、ふとした拍子に開くかもしれんし、死ぬまで閉じっぱなしかもしれまへん。
わてにできるんは脳の血の巡りをようすることくらいや」
「なるほど。優秀な跡取りに恵まれてご尊父も安泰だな」
斎藤さんは普段ぶっきらぼうでお愛想やお世辞を言うような人ではない。先生の力量をよほど評価しているんだろう(……ってことは、やっぱり効くのか?)。
先生は困ったように笑った。
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