見えるけど、見えない。

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政治家やコメンテーターは テレビさえ見なければ滅多に接触する機会もないので 気にしなくていいが、 一歩外に出れば DQNも大人もしくは大人っぽい女性も、必ずどこかにはいる。 俺には目の前に来られても見えないが、必ずそこにいる。 自動車は滅多に運転しないからいいとして、 自転車に乗ったりしたら、相手が見えないのだから、 ぶつかってお互い大けがを負う羽目になってしまうかもしれない。 そんな俺の考えを見透かしたかのように 政府からのアナウンスがあった。 ウィルスにはどうやら二次感染の怖れがなく、 感染者を隔離することはしないが、 外出する際には危険なので、見えていないと相手に分かるように 腕に腕章をつけるように。 盲目の人が持つ白杖を、「見えない他人」の確認のために持つように。 車や自転車などには乗らないように。 これらを守らない者には、各自治体の条例に基づく 判断が下される…… といった内容だった。 郵送されてきた封筒から、感染者の腕章を 取り出してみる。 「わたしには、見えない人がいます。ご注意ください」 と書かれた、素っ気ないオレンジ色の腕章。 こんなものを付けないと外に出られないのかと 暗澹たる気持ちに陥った。 腕章の制度が導入されて間もなく 腕章を付けた男が痴漢で逮捕されたニュースが流れた。 ネットオークションで手に入れた腕章を付け 相手が見えないふりをして、女性の身体を 触っていたという、50代の男のニュースだった。 下らねえ野郎だなという感想を抱きつつ 「これは使える」と思ってしまう自分もいた。 思春期になって異性を意識し始めてから 女性と接触する機会をことごとく避けるようになり 数年後、引きこもりになってしまったので いわゆる「プロの方」にお世話になったこともない。 しかし、逮捕された男の真似をして この状態を悪用することはできなかった。 そもそも相手が最初から見えないのだから、 見えないふりをする意味がない。 そしてもう一つ、腕章に関連する事件が起きた。 感染者の小学生が、複数の同級生から暴行を受けて 大けがを負わされたのだ。
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