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気づけば車はもう私のアパートの下まで来ていた。
まだ降りたくない……。
手が勝手にシートベルトを握りしめる。
すると皆川さんはいつも私を下ろす路肩ではなく、共同の駐車スペースに車を停めた。
「近所迷惑になるといけないのでエンジンを切りますが、寒かったら言って下さい」
「大丈夫です」
たとえ凍死しても、絶対に寒いなんて言わない。
私の悲壮な決意をよそに、彼はエンジンを切るとゆったりとシートにもたれた。
アパートはまだあまり住民が帰宅していないのか灯りが疎らで、共有駐車スペースの古びた蛍光灯が車内にわずかな光を届けてくるだけだ。
恥ずかしながら、干物の私には恋人と車で別れを惜しむシチュエーションがずっと憧れだった。
似たような状況で改めて眺めると、お給料と相談して決めた格安アパートの古びた外観がにわかに恥ずかしくなってくる。
切れかけた蛍光灯が不規則に点いたり消えたりしているのを見ながら、私ってつくづく全てが格好悪いなと思った。
蛍光灯は大家さんの怠慢だけど。
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