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帰れと促されているのを感じ、悔しさにかられた私はバッグを握りしめてドアの方を向いた。
けれど、出ていくことができず、また彼を振り返ってしまった。
そんな自分が情けなかった。
彼は私がいつものレクチャーを求めていると察したのか、無言で私の腰を引き寄せた。
少し無理な体勢に身体を押し付けられながら目を閉じると、屈辱の苦みは甘く溶けていった。
ようやく彼に触れてもらえた唇が、息を吹き返したように呼吸を始める。
でも、キスは少し深くなりかけたところですぐに終わった。
「もうすぐバトンタッチですね」
その言葉は身体が自由になるのと同時に放たれた。
それが私の脳に届く前に、続けて彼は別れの言葉で私をシャットアウトした。
「ではまた」
いつ見納めになってもいいように、滲む視界で彼の車のテールランプを必死に見つめる。
“もうすぐバトンタッチですね”
彼を想い初めて流した恋の涙は、失恋の味がした。
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