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彼はなかなか話し出さない。
ずっと好きだった人とこんなに近い距離にいることに、急に胸が詰まるような感覚に襲われた。
これが好きという感情でありますように。
主任とうまくいく訳ではないのに、私は主任を好きなままでいたかった。
皆川さんを好きになったら、今よりもっと傷つくから。
急な流れに逆らうように、自分の中で見えなくなっていく感情にしがみつく。
「今日はあの彼と会うの?」
マグを渡されるのと同時に、主任が口を開いた。
泡の下で主任の指に触れてしまいそうで緊張する。
「……はい」
「じゃあ、今日は駄目か」
主任が独り言のように苦笑して、次のマグを洗い始めた。
「飲みに誘おうと思ったんだよ」
「……堀内さんも一緒ですか?」
さりげなく聞けたのか自信がなく、マグの水を切る動作がやたらにオーバーアクションになった。
「いや」
短く答えたあと、少しの間を置いて、主任が続けた。
「彼女は来ないよ」
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