1、ノクターン 2017年4月20日 18時30分

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部屋中に漂うのは出汁の香り。響き渡るフルートとピアノ。ここはステージ付きレストラン「桜木亭」。「関西住みたい街ランキング」なるもので毎年上位にランクインする神戸の街にある。メイン料理は蕎麦。クラシックと蕎麦。中々ミスマッチな組み合わせである。 「お疲れさまでした。」 そう言って早々と帰ろうとするのは、ピアニストの川原だ。ついこの前事務所にやってきた凄腕のピアニスト。 「川原ちゃんご飯いらない?」 「あ、大丈夫です」  川原はそう言って帰ろうとするが、再び引き留められる。 「あ、あのさ、また君にスカウトが」 「桜木さん」 「・・・はい」 「この前も言いましたけど、そういうことは全てお断りします」  川原には多くのスカウトが来ていた。しかし本人はその全てを断っていた。桜木が落胆の様子で川原を見送るっていると、フルートの片づけを終えた斉藤綾香が降りてきた。 「また逃げられたんですか」 「またって言うなよ」 「またじゃないですか」 「はあ」 「ここまで頑なに断るのって、何か表に出たくない理由でもあるんじゃないですか?」 「え?まさか。だってここで演奏してるじゃない」 「ここで演奏するのと、スカウトされてテレビに出るのと、同じですかね?」 「・・・え・・まさかなんかの犯人とかじゃないよね・・?!」 「さあ?よく知りませんけど」 「綾香ちゃん病院でも一緒に働いてるんでしょ?なんか知らないの?」 「知りません。病棟違うし。逆に桜木さんこそ面接したんでしょ?」 「そうだけど・・・。音楽高校中退して結婚して東京から出てきたってことしか知らないよ」 「・・・既になんか訳アリ感漂うプロフィールですよね」 「そう思ったけど、ピアノ天才的に上手かったから、無条件で採用した」 「桜木さんってそういうところありますよね」 「うるさいよ」 「まあとにかく、人には知られたくないことも一つや二つあるでしょ。彼女にとってスカウトは、それを捨てるほど魅力的なものでは無いんですよ」 綾香はそういうと帰り支度を始めた。 「あれ。綾香ちゃんも帰っちゃうの?」 「明日早いんで。それじゃ、お疲れ様でーす」 綾香は颯爽と帰っていった。桜木は一人寂しく賄いの蕎麦を茹で始めるのだった。
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