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「熱は下がったみたいですけど、気分はどうですか?」
「ええおかげさまで。随分楽になりました」
「それは良かったです。何か食べたい物とかはありますか?あ、白野さんは食べ物より音楽ですかね?ピアノ、弾ければいいんですけどね」
もう既に彼女は積極的治療をする段階では無い。やりたいことをやりたいだけやる。最後まで絶対に見捨てずに見届ける。それが今出来ることだ。
「先生」
「はい、なんですか?」
「私はあと、どのくらい生きられますか?」
「・・・」
突然だった。彼女には今までそんなことは聞かれたことが無かった。
「黙らないでください。教えてください。先生」
「それは・・・誰にも分りません。白野さんがこの先」
「綺麗ごとはいいから。本当のことを言って?」
「・・・・何かありましたか?」
「・・・」
そう聞くと、彼女は黙って窓の外を見た。そして再び口を開く。
「私ね・・・娘がいるの」
「え」
驚きの事実だった。彼女は身寄りが無いと聞いている。事実、今まで家族と言う人が見舞いに来ることも説明を聞きに来ることも一度も無い。まさか、娘がいたとは。
「・・・ご結婚・・?」
「いえ。してません。人生で一度も」
「ああ」
「だから、娘の今は知りません。私は・・・捨てたんです。自分を守るために」
「・・・」
彼女は何か告白しようとしている。
「罪をね・・・犯したんですよ・・。娘に対して。」
「・・・」
「会いたいなんて、今更なんですけどね・・・。人間、死を前にするとこうも欲深くなるのかって・・自分に呆れています」
俺はしばらく何も言えなかった。末期のすい臓がんを告知された時でさえ笑顔で受け入れていた彼女が、こんな思いを抱えていたなんて。綺麗ごとを言っても仕方がないのだ。
「・・・いいじゃないですか。」
「・・え?」
「欲深くていいじゃないですか。会いたいなら、会いましょう。会える時に、会うべきです」
「・・・ありがとう先生。・・・でもね、ダメなのよ」
「なぜ」
「彼女の幸せを奪ってしまうかも・・・。ええ。そうなのよ・・」
彼女はそう呟くと黙ってしまった。俺は点滴をセットして一旦部屋を出た。ドアの横に看護師の斉藤綾香が立っていた。
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