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3、 bar「star emotion」 2017年4月21日 22時
水野坂の裏路地にあるバーに男女がいた。
「俺はさ、本当はこんなところで終わる男じゃないんだよ!」
男は誰に言うでもない愚痴を話していた。女は黙って聞いている。
「3流雑誌の編集長止まりじゃなくてさ。役員になってるはずだったんだよ。」
酒を煽りうなだれる男に女は初めて口を開く。
「そうですね。私もそう思いますよ」
「そうだろう?!よく分かってくれるよね君は。必ず載せるから、またいい記事頼むよ有紀理ちゃん。いろいろ忙しいとは思うけどさ」
「はいもちろんです。編集長の武勇伝、もっと聞きたいなぁ」
「ほんとに君は良い子だね。」
「編集長。前に載せたかったスクープがあったって」
「ああ。あれね」
編集長と呼ばれる男は話し始めた。
「医者の不正だよ」
「医者?医療ミスですか?」
「いや。そうじゃくて。文書偽装ってやつだよ。産婦人科医が出生証明書を不正に偽造したっていう」
「はあ。なんで没に?」
「圧力だよ圧力。金持ちが圧力かけたんだ。その情報を俺にリークした奴は、消された。」
「それって・・」
「自殺したことになって。」
男はまた酒を煽る。
「あれがあればもう少し早く編集長になって、もっと上に行けたはずなんだ」
「・・・」
「有紀理ちゃん?聞いてる?」
「・・・あ、はい。今でも恨んでる人は編集長以外にもいるんでしょうか」
「そりゃいるだろう。何しろ奴らは、あろうことか院長と産科部長になってその病院に居座っている。」
男がそう言って言葉を切ると、女の様子が少し変わった。眼つきがフリーライターというよりは、怒りに震える女になっていた。
「そんな昔のことはもういいよ。それより有紀理ちゃん。今日はこの後」
「すみません。明日も早いのでこれで失礼します。貴重なお話、ありがとうございました!」
有紀理はそう言って帰ろうとしたが、もう一度男を振り返る。
「あ、編集長。当時の編集長・・・今の社長、紹介してもらって良いですか?」
こう言い残し有紀理は去っていった。男は再び酒を追加した。
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