愛惜の日

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「いただきます……」 控えめに、でもはっきりと申し上げていただきました。ひとくち噛めば甘い脂が舌の上に広がって、ほろほろと解けた生地からふわり立ちあがる玉子の香気が鼻腔を刺激します。 ますます食欲をそそられて、期待を込めてもうひとくち食めば、次はこし餡の滑らかな舌触りと上白糖の上品な甘味が玉子の生地と渾然一体となりーーそこにいただくコナコーヒーはまた幾重にも香味を増して、それはそれは美味しゅうございます。 「それで、ゆきさん。ここへはどうして?」 私があんドーナツを夢中で頬張りたいのを我慢しているのが伝わっているのか、お姉様がおかしそうに微笑む。 「ですからそれは……気になって」 「気になってって、私を?」 「はいーー」 「噂を確かめにいらしたのね」 「……」 はい、とは言えませんでした。 ひとたびそうと言えば、なにか自分がとてつもなく破廉恥な行いをしに来たようで居たたまれなくなったからです。
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