与太郎

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 かご持ちて国渡り行商をする男あり。行商人、微量の米を持ち訳ありの浮浪人より美しい簪と交換し、武士にそれを売る。持つ紙は寺子屋へ、布は乳母へ売り、儲けた金で豪遊したのち、盗人を雇い、せしめた蝋を売り私腹を肥やす。  ある時、かごの中身が減り銭も底を尽きる。川の水を飲み山菜を食んで飢えをしのいでいたところ、山道にて大きなつづらを背負う男と会う。行商人、好機逃さんと、満面の笑みにて男に近寄り困りごとはないかと問うたところ、男もまた満面の笑みにて、あいや良き日と手を叩く。 「あっし、何を隠そう薬売り。奇妙奇天烈な薬を作ったんで誰かに自慢したくござんした」  薬売り、胸元に結んだ布を外してつづらを下し、硝子容器を一つ取り出す。行商人、驚きの声をあげ逃げ出そうとしたところ、薬売り、あいやまたれよと叫ぶ。 「これが薬にござんす。恐ろしい見た目にござんすが、効能に偽りございやせん」  天狗鼻を伸ばし胸を張る様を見て、行商人、訝しがりつつそばへと寄る。薬売り、容器を手に持ち朗々と話し出す。 「どの薬も効能に違いがござんす。目玉に似たこれは、見たものを完璧に覚え、正確に紙に書き写すことができ、耳に似たこれは、いち早く噂を捉え、一等に流行りに乗れるようになり、口に似たこれは、飲んだ者の口を上手くし、虚も真となり、真も虚となり、伝わる速さは隼のごとし」  薬売り、薬の詰まる容器を並べ、揚々と語り尽くし、気に入るものを選べと言う。行商人、しばし思案し、口の薬を選ぶ。薬売り、行商人らしさに感心し、では、と容器持ちて行商人へと渡す。うごめく口に腰を抜かすも、しかと両手で受け取る。行商人、銭はないぞと伝えれば、薬売り、自慢を聞いたお礼と言い、銭はいらぬと念を押す。行商人、物もないぞとさらに強く伝えれば、薬売り、物もいらぬとさらに強く念を押す。行商人、では、と薬をかごへ入れる。薬売り、またも語り出したり。 「一度に三粒を限度とし、効能は七日間にて消え失せ、新たに飲めばまた七日間続きやす。途中のくしゃみは禁物でございやすので、悪しからず」
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